江戸時代からの歴史を持つ交通網の拠点!日本橋

貨幣博物館から数分で行ける距離にある、東京都中央区にある日本橋!

日本橋川にかかる橋であり、1603(慶長8)年、江戸時代初期に徳川家康の全国道路整備計画の一環として作られました。

その後、五街道の起点に。
今では日本全国に巡らされた道路網の起点を示す道路元標がある特別な場所になっています。

 

木造から石造りの橋に

ちなみに、初代は当然のことながら木造で作られた橋。
江戸時代から幕末までは火事の発生率が高く、いくども焼失や再建を繰り返しました。

明治初期になると、木造から石造りへと変わり、肥後の石工・橋本勘五郎が作った橋がかけられ、1911(明治44)年4月3日には花崗岩でできた西洋風の二連アーチ橋に。

現在かかっているのは19代目、もしくは20代目と言われています。
完成からすでに100年超え!
当時は路面電車が走っていたとか。

1963(昭和38)年に、日本橋の真上に首都高速道路が建設され、景観が損なわれるという…。
でも、この首都高速道路を地下にいれてしまえという動きが活発化しているので、数年後…数十年後には東京の空を望めるようになるのではないでしょうか。
そうなった時の風景を、早く見たい。

国の重要文化財!今と昔の道路元標

日本橋の三越側にある道路元標の広場。
旧東京市道路元標(右)と日本国道路元標(複製、左下)。
旧東京市道路元標は、国の重要文化財です。

 

日本橋の中央には、「日本国道路元標」と刻印された丸型の「道路元標」が埋め込まれています。
その場所を示すように、頭上にでーんと。

現在の道路法では道路元標の義務付けはありませんが、戦前の道路法の規定から江戸時代に日本橋を起点とすることを踏襲。
裏側には設置した時の内閣総理大臣・佐藤栄作の名前が刻まれています。

 

映画でもお馴染みの麒麟に興奮

日本橋の中央柱に鎮座する麒麟!
映画「麒麟の翼」でも有名ですね。
合計4体が鎮座しています。
彫刻家・渡辺長男(わたなべおさお)氏製作。

麒麟の翼には、日本橋が道路の起点であることから、ここから飛び立つという意味を込めて作られたそうです。

 

そして、同じく渡辺長男氏製作の獅子。
東京の守護を意味しているのだとか。

手に抱えているのは、東京市の紋章。
当時と今も変わらずです。

ちなみに、日本橋の橋銘は第15代将軍 徳川慶喜の筆によるもの。
当時の東京市長・尾崎行雄氏が依頼して作ったそうです。

 

日本橋は多数の国道の起点となっている

日本橋を起点とする国道は7本。

国道1号:東海道(大阪市着)
国道4号:日光街道&奥州街道(青森市着)
国道6号:水戸街道(仙台市着)
国道14号:千葉街道(千葉市着)
国道15号:旧東海道(横浜市着)
国道17号:中山道(新潟市着)
国道20号:甲州街道(長野県塩尻市着)

日本橋は、歌川広重の「東海道五十三次之内 日本橋 朝之景」や葛飾北斎の「富嶽三十六景 江戸日本橋」に描かれていることでも有名です。

葛飾北斎といえば、東京都墨田区に「すみだ美術館」があります。

また、同じく東京都墨田区にある「東京都江戸東京博物館」では、昔の日本橋を、北側半分の14間で復元しているのだとか!?

どちらも機会があれば、是非とも見に行ってみたいものです。

 

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