第29回坪田譲治文学賞受賞作品。
朝井リョウさんの「世界地図の下書き」を読みました。
朝井リョウさんといえば、中学入試でもよく出題されている作家さん。
また、映像化なでも「桐島、部活やめるってよ」や「チア男子」で有名です。
この「世界地図の下書き」の主人公は、突然の事故で両親を亡くしてしまった小学生男子。
叔父夫婦からの虐待や、児童養護施設「青葉おひさまの家」での交流、そして淡い恋心と、市中学生になる前までの心の葛藤や出来事が書かれています。
主人公は両親を亡くしてしまっているのですが、「青葉おひさまの家」にはいろんな事情でここにいる子どもたちがいるわけで、そうしたさまざまな家庭環境などが描かれています。
また、いじめについても描かれており、「生きる世界は他にもある」というメッセージがあります。
「世界地図の下書き」はこんなお話
帯より抜粋↓
突然の事故で両親を亡くし、「青葉おひさまの家」で暮らすことになった小学生の太輔。
悲しみでしばらく心を閉ざしていたが、同じ部屋の仲間たちのおかげで少しずつ打ち解けていく。
特にお母さんのように優しい高校生の佐緒里は、みんなにとって特別な存在。
施設を卒業する佐緒里のため、4人の子どもたちは、ランタンに願い事を託して空に飛ばす「蛍祭り」を復活させようと、作戦をたてはじめる…。
主人公は、小学生の大輔。
まだお母さんに甘える年齢で、突然の事故で両親を失ってしまいます。
最初は子供のいない叔父夫婦に引き取られるのですが、叔母は「お母さんと呼びなさい」と、本当の母親のように接することを強要。
叔父は「男子たるものこうだ!」という固定観念の元、大輔に運動などを強要。
いつしか暴力を振るうようになります。
そうしたことから、児童養護施設「青葉おひさまの家」で暮らすことが決まった太輔。
最初はなかなか心を開くことができないばかりか、「自分だけが一人ぼっちだ」という孤独感からも、皆で一生懸命に作ったバザー用のキルト商品をめちゃくちゃにしてしまいます。
突然に両親を亡くした事、叔父夫婦から受けた虐待…これまで当たり前だと思っていたことが突然なくなってしまった子供の混乱と悲しみが読んでいて伝わってきます。
まだ、甘えたがりの年齢だからこその葛藤が、読んでいて辛い。
特に、男の子のお母さんは共感できる部分が大きいのではないでしょうか。
そこからなんとか立ち直ることができたのは、同じ班の仲間たちの存在があったから。
年齢、性別と違いますが、いろいろな状況を背負い込んでいる子供たちだからこその優しさと理解に救われていきます。
皆、それぞれに事情を抱えている
「青葉おひさまの家」で仲間と共に楽しく過ごせるようになった頃、今度はそれぞれの事情による葛藤がみられるようになります。
太輔は、叔母さんが「また一緒に暮らしたい」といった働きかけから、一度、お試しでおばさん宅に。
でも、そこで太輔は叔母さんがなぜ今更そんなことを言い出したのか、その本当に理由を知り、その後は二度と叔母さんの元に行くことはなくなります。
この理由に、読んでいるこちらも怒り。
また、クラスメイトにいじめられている、仲の良い同級生の淳也。
元気で明るい妹の麻利をいつも思いやる優しいお兄ちゃんです。
でも、妹の麻利もある事をきっかけにイジメられるように。
兄とは違い、麻利はめげずに言いたいことをズバッと言う度胸があります。
この兄妹のいじめに対しての対応の違い、そして最後の決断には考えさせられます。
太輔を気にかけ、皆にやさしく接してくれるお姉さんのような存在の佐緒里。
いつしか淡い恋心を頂くようになる、いわゆる初恋の人?
夢に向かって頑張る佐緒里ですが、どうしようもない現実にぶち当たり、夢をあきらめざるを得なくなります。
そして、ちょっとおしゃまな女の子、美保子。
クラスに一人はいるよね的な女子です。
母親からの暴力で施設に来ているわけですが、週末帰宅など、他の子どもとはちょっと違う様子。
母親の恋人出現で戸惑うも、仲間とのやり取りの中で、自分の方向を見つけていきます。
小学生ならではの行動心理に共感
作中では、小学生ならではのおバカな行動なども描かれています。
バレていない、うまくやっているだろうと本気で思ってるところが、小学生だなぁと苦笑。
花も似たようなところあり。
作者の朝井リョウさんは、子どもの事をよくわかっているなぁと感心したものです。
また、子どもの取り巻く小学生の世界についても考えさせられました。
小学生の学年が上がるにつれて、どんどん親の目が届かない世界になります。
そこでどんなことが起こっているのか、考えなどをちょっと覗き見た感じです。
いじめについても考えさせられる作品
先日、朝の情報番組で放送されていたのですが、1年間で自殺が一番多い日は9月1日。
統計グラフでも、飛び抜けて大きな数になっていました。
その理由、わかります。
夏休みは接点がなく嫌な思いも悩むこともなかったのですが、新学期が始まってまた始まる嫌な日々。
想像しただけでも恐ろしいです。
作中では淳也と麻利がいじめられていますが、深刻なのは淳也の方。
酷いです。
でも、淳也も麻利と同じく芯は強いです。
最後、ある決断をします。
そんな淳也と麻利、そして美保子の母親への思いなどから出た佐緒里の言葉が胸を打ちます。
「イジメられたら逃げればいい。
笑われたら、笑わない人を探しに行けばいい。
うまくいかないって思ったら、その相手が本当の家族だったとしても、離れればいい。
そのとき誰かに、逃げたって笑われてもいいの。」
「逃げた先にも、同じだけの希望があるはずだもん」
「今まで出会った人以上の人に、いっぱい出会うの。
その中でね、私たちみたいな人が、どこかで絶対に待ってる。
これからどんな道を選ぶことになっても、その可能性は、ずっと変わらないの。
どんな道を選んでも、それが逃げ道だって言われるような道でも、その先に延びつ道の太さはこれまでと同じなの。
同じだけの希望があるの。
どんどん道が細くなっていったりなんか、絶対にしない。」
本当に、その通りだと思います。
イジメられている人…特に10代の子どもは、それだけがすべての世界と思ってしまいがち。
でも、世界は他にもある。
何も、その世界だけにしがみついていなくてもいいんじゃないかと。
イジメられている事を親に言うのは勇気がいるけれども、絶対に言ってほしい。
親を心配させたくないといって無理して笑っているほうが、辛い。
もしも子どもからいじめの告白を受けたら、是非とも子どもにとってベストな選択を一緒に考えたいと思うし、必要があれば別の世界を用意したい。
私は、これを逃げとは思わないです。
また、作中で淳也くんが言っていたセリフが、まさにその通りだと思いました。
「人をいじめるやつはいじめ続ける。
約束とかそんなん、あいつらには関係ないんや」
「いつまでも我慢して、いつまでも同じところにおる必要なんてないって、あのときやっと気づいた」
だって、いじめをするどうしようもない人がいる世界なんて、クソ最低な世界ですから。
そんなところで今という大事な時期を過ごすのは、人生を棒に振るのと同じです。
人生において我慢する事は時には必要だけど、こんな我慢はしなくていい。
中学入試に出ている!
「世界地図の下書き」は、以下の学校の入試に出題されています。
・2014年
甲陽学院中学校
東大寺学園中学校
白陵中学校
早稲田実業学校中等部
・2015年
広島学院中学校
・2017年
足立学園中学校
・2018年
サレジオ学院中学校
長崎日本大学中学校
・2019年
帝京大学可児中学校
小学生の男子が主人公で、その多感な時期についての描写からも、出題されている学校は男子校より。
女子との交流、そしてその男子とは違う繊細な心理描写からも、共学校でも取り上げられていますが、女子校はないようですね。
また、朝井リョウさんの作品では、以下の作品が入試で出題されています。
「ままならないから私とあなた」
「少女は卒業しない」
「スペードの3」
「チア男子!!」
「星やどりの声」
「桐島、部活やめるってよ」
機会があれば、こちらも読んでみたいものです。